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日々の工夫

気晴らし日記

脳はテレビの受信機なので

脳は「テレビの受信機」のようなもので
それ自体が歌ったりドラマを制作した
りするわけではない。制作者は我々の
「思い」なんです。と科学者の村上和雄
さんはいう。

ではその「思い」は脳で作られているん
じゃないのと反論したくなるけれど
本題は「テレビの受信機」の方だ。

「脳はテレビの受信機」という例えは
とてもよく分かる。与えられた情報や
環境によって脳は様々に働きを変えていく
という意味だろう。僕はかつてサラリー
マンのころ、仕事をさぼって朝から
銭湯に行き風呂上がりに吉野家でビール
を飲み牛丼特盛りを平らげたあと時間を
つぶそうと漫画喫茶に入ったことがある。
当時カバンの中には、絶対読みたいと
思っていた哲学書が2冊入っていて、
中でたっぷり読めるだろう、仕事をさぼっ
ているのだし、哲学書くらいは読まねば
と我ながら訳の分からない決意でソファー
に座った。

ところが、壁にずらっと並んで視野に
入ってくる魅力的な漫画の背表紙の
誘惑に負け、1冊だけ手にとった。
確か『はじめの一歩』だったと思う。
鷹村がチャンピオンになる前。そしたら
もう止まらない。次から次へと漫画を
読み散らかして、昼前に入ったばかり
だと思っていたら、ふと気づくと
夜7時くらいになっていたのだ。不覚。
ぼくの「テレビの受信機」には
つまり漫画しか映らなかった訳だ。
当たり前のことながら。
2冊の哲学書はカバンから取り出され
もしなかった。

これがもし図書館にでも行っていた
ならば、もう少し事情は変わっていた
かも知れない。少なくとも漫画ばかり
しかもすでに少年マガジンで読んでいた
ものを、えんえんと読むようなことも
せず、もう少し有意義な時間を過ごせ
たのではないか。

「テレビの受信機」は本当に困った
もので、自分の意思とは関係なく、
身近な情報は何でも拾ってしまうという
厄介な性質をもっているのだ。
そして、だいたいの場合において人間の
意思は強くはない。だからである。
自分をどんな環境におくかは非常に
非常に大事なことなのだ。

これを読んでいる高校生諸君。
もし、君たちが本当に勉強したい!
と思っているならば、決して
漫画喫茶で勉強しようなどと思って
はならない。
「やろうと思えばどこでだって勉強できる」
と強がってみせても無駄だ。おじさんの
経験からして。絶対無理だ。
理想は図書館。せめてファミレス。
そして勉強しようと思う仲間を大事に
すること。

自分の頭は「テレビの受信機」なみに
どんな情報でもキャッチすることを
努々(ゆめゆめ)忘れることなかれ。